藤田伸二騎手が引退 1996年にフサイチコンコルドで日本ダービー制覇

uma-jin.netの情報によると藤田伸二騎手が9月6日の札幌競馬を最後に引退すると発表されました。

藤田伸二騎手が引退決意 「静かに引退する事は俺らしいでしょ。」

9月6日札幌競馬最終日にて騎手人生25年間に終止符を打つことに決めました。数年前からエージェント制度の強調により、騎手の腕など関係なく成績に偏りが生じて地方や外国人ジョッキー主体の流れが強くなりました。そうすると一生懸命に調教を頑張っている連中の活躍の場もなくなり、乗るチャンスも減り昔のように ピリピリとして切磋琢磨な勝負の世界には程遠い環境になっているのが事実であります。エージェントによりリーディングの順番が年頭から決まっているような世界。何が面白いのか?
2、3年前から疑問を抱くようになり、競馬に対するモチベーションが無くなっていました。ですが私を応援してくれていた少数のオーナーさんのお陰で今日まで乗り続けてきましたが、これからダラダラ続けてもファンの皆様に落ちぶれたと思われるのも不甲斐ないし、いつまでも競馬会にしがみつきたくないのが本音です。騎手になって良い事、悪い事と沢山ありました。競馬会にも迷惑かけました。だから引退する時はサッと居なくなるつもりで決めてました。早いうちに発表してしまうと1000勝以上してる私は引退式を行わなければならないと思ったし、正直、私の性分じゃありません。競馬会に一切未練はありませんし、今後は時間に振り回されず自分の好きな事をして生きて行こうと思ってます。
今まで沢山のファンの皆様に応援して頂いたことは私の財産でもあり感謝の気持ちで一杯です。また違う形で恩返ししたいと思ってますので、どこかで逢いましょう。
最後になりますが、静かに引退する事は俺らしいでしょ。
本当に25年間、有り難うございました。
藤田伸二

uma-jin.netより引用させていただきました。
http://uma-jin.net/pc/retirement_message.do

藤田伸二騎手は1991年に騎手免許取得。デビューから順調に勝ち数を伸ばし、デビュー年の年末に行われたラジオたんぱ杯3歳Sではノーザンコンダクトとのコンビで重賞初制覇。最多勝利新人騎手賞も獲得した。

その後も数多くのレースを勝ち、2年目の1992にタケノベルベットで エリザベス女王杯を勝ち、1996年にはフサイチコンコルドで日本ダービー制覇した。1996年より2008年まで12年間、レースでの騎乗停止がないなどフェアプレーでの騎乗が目立った。2011年のドバイワールドカップではトランセンドで挑み、2着に入りヴィクトワールピサとの日本馬ワンツーを飾った。

しかし、2011年頃から成績が下降気味となり、2014年はデビューの年の39勝より少ない33勝どまりだった。(2015年も18勝)

藤田騎手は騎手目線からコラムや本も多く出しており、中でも『騎手の一分』ではJRAや若手騎手を批判し、話題となった。

引退メッセージによると札幌開催最終日にて騎手人生25年間に終止符を打つとのこと。ラストレースは6日7レースのイキオイ(10着)となりそう。

個性的な騎手が一人いなくなってしまいました。引退式もしない、サッと居なくなるあたり藤田騎手らしいですがとても残念です。
もう一度大舞台での活躍が見たかったのですが。

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